会長の今昔話

お茶屋とゴルフの関係 1

ゴルフ1

伊藤方也画伯 寄贈

 

私のゴルフ人生の始まりは昭和36年、31歳の正月4日の日でした。

友人の電気屋さんの修ちゃんから突然ゴルフの練習に誘われ、生まれて初めてのゴルフ対面となりました。

当時はゴルフ人口も殆ど少なく、静岡市内で100人前後ぐらいの愛好者しかいなかったと思います。

練習場も市内に1ヶ所もなく、当時休んでいた静岡競輪場のバンク内を開放、仮設の練習場に出かけ、道具も友人のを借り、初めての第一打はものの見事にから振りのスタートから始まりました。

それでも、200球ぐらい打ち込んできた時は、何とかクラブに当たるようになり、野球に替わる趣味のスポーツになり得る予感を感じとりました。

私を誘った友人も習い始めたばかりで、同じ道楽の友人を欲しいと願っていた矢先であり、薦められるがままに、コハマ・スポーツ店(当時静岡市中では一軒しかゴルフクラブを扱っている店がありませんでした)に行き、即日、ハーフセットのクラブを購入しました。

そこの店主が静岡で当時、唯一シングルハンディ保持者である処から、ゴルフのうんちく話をたっぷり聞かされました。

日本産のクラブはミズノだけが作り始め、かなり高価だったため、私はアメリカのスポールディング社のクラブをバック共々8万円位で購入しました。

当時、大卒公務員の初任給が14,200円ぐらいですから、いかに金のかかる道楽かを最初に思い知らされました。

クラブとて、今と比べ最悪の品で、ウッドは全てパーシモン、その上、ボ―ルの質はさらに悪く、ブリヂストンが作っていたボールなどアイアンがボールにじかに当たるとパックリと表面のゴムが割れ、グリーン上では凹凸回転でボールがまっすぐ転がらぬ処から、ローカルルールでこの様なボールはグリーンにオンしたら交換自由となっておりました。

私が始めた時代、静岡市のお茶屋さんでは記憶に残るところ2~3人ほどしかゴルフをやっておらず、ゴルフ道具そのものを持って歩くのが恥ずかしい時代で、練習をするのも会社が退けてから帰り道、前述の競輪場内特設ラウンドに立ち寄り、教えてくれる人もいないまま、見よう見まねで練習を続けておりました。

このように、練習はしているもののゴルフ場でのプレーをあまりしたことの無い人たちの集まりがお互い顔見知りとなり、誰言うとなしに同好会を作りゴルフ場にて実際のプレーをしようという事になりました。

ゴルフ経営者が中心となり総員20名ほど、「駿河クラブ」と名付け、静岡市で唯一のアマチュアゴルフ同好会が結成されました。

当時、困ったことに静岡市周辺には全くゴルフ場が無く、唯一存在したのが車で1時間ばかり東に走り富士山の麓にある「大富士ゴルフ場」……ブルトーザーが入らない手作りのアンジュレーションのきついフェアウェイ18ホールズのゴルフ場でしたが、それでも近いため利用回数は自然に多くなっていきました。

駿河クラブのメンバーの面々、若さも手伝い、ゴルフ場のある場所は東西を問わずコンペに出かけていきました。

凹凸道でアスファルトもない山道を車で2時間も3時間も走らせ、東は御殿場周辺のゴルフ場、遠くは箱根から伊豆半島に、西は浜松から豊橋に至るまで、ゴルフ巡りを謳歌をして参りました。

指導者もなく殆ど自己流のゴルフスタイルの中、私の先輩で旧清水市に在住の山下利一氏(元プロ野球選手・太洋ホエールズの山下大輔の父)この方が清水で唯一のシングルプレーヤーだった事から、時折訪ねては教えを請い、少しずつ上達して参りました。

その後、昭和38年初めごろ、静岡市内のお茶屋仲間でもボツボツゴルフを始めた方が10人ほどおりましたので、その方々に呼びかけ静岡ティークラブのゴルフ同好会を結成しました。

人数が少ないのでお茶屋と取引のある方たち、袋屋さん缶屋さん箱屋さんからガソリン屋さんまで声をかけ、総勢20数名をもちお茶屋さんゴルフの会のスタートとなりました。

 

ゴルフ2

 

ゴルフルールのこと、マナーのこと、素人集団の集まりのため、皆で右往左往ルールブックを片手にプレー、今では当たり前で笑い話になるような事が論争にもなりました。

例えば、バンカー内でクラブのソールを砂につけたからペナルティをいくつつけるとか、雨降りの際、水たまりの中の球はどうするか。

ローカルルールにある変則的なルールの有無も解りませんでした。

6インチリプレースというルールがありますが、インチの寸法すら解らず(6インチは15㎝24㎜)平気で60㎝ほどリプレースしたり、木の上に乗ったボールをうっかり棒で叩き落とし、罰打もなしでプレーを続行したり、テンヤワンヤの時代でありました。

私のゴルフ歴50年の長きを振り返ってみますと、様々な好プレー珍プレーも続出しましたので、いくつかを記してみましょう。

ある時、お茶屋さんのゴルフコンペの最中、私がセカンドショットを打とうとした折、前の方で私を見ていた私たちのキャディさんが突然にキャーと大声を出してその場にしゃがみ込んでしまいました。びっくりした私は驚いて駆け寄り、どうしたのか尋ねると、キャディさんは私に向かって指先で「コレー」と言って胸のポケットを指さしました。

そこには奇跡的なことが起こっていたのです。

次回につづく



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