会長の今昔話

日本一早かった水出し茶

無題

 

昭和39年、東京オリンピック開催の頃の話。

当時、私は竹沢製茶㈱にて固形茶と云う特殊な茶の製造販売をしておりました。

固形茶とは、お茶を微粉末に粉砕、水を加え餅状に練り、細かく短く麺状に成型し乾燥したものです。

 

固形茶1

 

原料に粉茶を使用したため安価に仕上がり、芳ばしい香りと深蒸し茶の如く煎出度がよろしいなどが特長でした。

一般的には急須に一つまみ(4g程)の固形茶を入れ、お湯を差して飲用していました。

とある時、冷水で淹れたら如何なるものかと試した処、お湯と同じように浸出度が大変よく香ばしく美味しく飲めることを発見しました。

当時、夏の無糖飲料といえば麦茶しかなく、それもツブ麦を煮出し冷たくして呑む程度で、緑茶のペットボトルもミネラルウォーターもない時代でした。

ひょっとしたら、夏の飲み物としてうけるのではと考え、100gの平袋のカートン入れとし、「水煎茶エポック」とネーミング、試販を始めることにしました。

当時、一般的に煎茶の販売価格が100g  250円ぐらいであり、水煎茶エポックはカートン入りで100g 150円と価格設定をしました。

翌、昭和40年(1965年)7月、大都市でこの新商品の訴えをしてみようと、当時、関東で一番元気のあるスーパー、サンマートに白羽の矢を立てました。

サンマートとのお茶の取引が旺盛だった富士製茶(株)の口座を借用、場所は千葉県松戸市サンマート常盤平店にて一週間、デモンストレーション ―― 実演販売を行わせて戴きました。

スーパーレジ近くのいい場所に1坪ほど試飲コーナーを借り受け、氷水と急須、茶碗を用意しました。

私自身店頭コーナーに立ち、世の中に初めて登場した「水で飲むお茶」に対するお客様の生の反応を確かめてみました。

「お茶も水でだすことができるんだ…」お客様がまず最初に異口同音に言われた言葉でした。

さて、反応は…

30%ぐらいの人が「香ばしい香りで美味しい」

20%ぐらいの人が「暑い時、氷水で飲めるのが嬉しい」

残りの人たちの感触は、あまり良いものではありませんでした。

その中で一番多かった意見は「生水をそのまま飲んでも大丈夫?」

当時はまだ水道も井戸も衛生管理が徹底しておらず、麦茶でも水でも沸騰させたものを冷ましてから飲む事が多かった時代、生水を飲む事に対する抵抗が強かったのです。

さらに、「お茶をお水で淹れるのは、仏壇に供えるときだけ」と言う声もありました。

確かに昔の人は仏様に供える茶は水で淹れて供える習わしがあると聞き及んでおりました。

お茶を水とお湯で同時に淹れ、時間の経過による酸化度を調べると、水出しの方が酸化の少ない結果となりました。

お茶を供えて日数が経つ時もあり、水で淹れた方が長持ちしたのでしょう。

また、初めて見る固形茶の形状が(くず)のお線香のようだと、嫌悪感を表わす人もおりました。

一週間の催事は散々でしたが、土日曜の人出の多い日は一日120本くらい売れたと記憶しております。

人出の少ない平日は、朝9時から夜8時まで頑張っても3~40本しか売れませんでした。

水でお茶を呑む発想自体がこの時代ではあまりにも早すぎました。

今思えば、当時、日本の中ではお茶そのものが飲めず、うどん湯を飲んだり玄米湯を飲んだりする地方があったことを考えれば、むべなるかな…。

どんなに良い商品を開発しても、時代の歩みにそぐわない物は世に受け入れてもらえないのだと、いい勉強をしました。

その時、私35歳であり、若気の至らなさを痛感しました。

 

水出し茶

 



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